約13万6,000年前、インド洋の環礁が海に沈んだ。そこに暮らしていた飛べないクイナは、島ごと絶滅した。
数万年後、海面が下がり環礁が再び姿を現した。
すると飛べるクイナがまたやってきて、また飛べなくなった。
進化が”巻き戻し”された唯一の鳥
アルダブラクイナの物語は、進化の常識を覆す。
通常、一度失われた形質が再び進化することはない——というのが進化学の大原則だ。だがアルダブラクイナは、飛翔能力を2回独立に失った唯一の鳥として記録されている。
2019年、ロンドン自然史博物館のジュリアン・ヒューム博士らが論文を発表した。13万6,000年前の化石骨と、10万年前の化石骨、そして現生のアルダブラクイナの骨を比較分析した結果、「同じ祖先の鳥が、2度にわたって飛べなくなった」ことが証明されたのだ。
ヒューム博士はこう述べている。「このようなことが他に起きた例は、私には見つけられない」。

島が沈んで、全滅して、また来た
タイムラインはこうだ。
マダガスカルに住む飛べるクイナ「ホオジロクイナ」には、個体数が増えすぎると突然大量に飛び立って新天地を目指す習性がある。その一部がアルダブラ環礁にたどり着き、天敵のいない楽園で飛ぶことをやめた。
ところが約13万6,000年前、環礁が完全に海に沈んだ。全生物が絶滅。飛べないクイナも当然消えた。
その後、氷河期で海面が下がり、約10万年前に環礁が再び浮上。すると——またホオジロクイナが飛んできた。そしてまた飛ぶのをやめた。
同じ祖先から、同じ島で、同じ結末。進化がリプレイされたのだ。
最速1.6万年で飛べなくなった
2度目の「飛ばなくなるまで」にかかった時間は、最速で約1.6万年と推定されている。
飛べるホオジロクイナと比較すると、アルダブラクイナの翼は25%短く、尾羽は47%短い。代わりに足は太く頑丈になり、くちばしは長くなった(石灰岩の隙間の虫を探すため)。
天敵がいない → 飛ぶ必要がない → 飛翔筋のエネルギーコストが無駄 → 飛ばない個体の方が有利。
この方程式が、2回とも同じ答えを出した。
ゾウガメの”家来”
現在のアルダブラクイナには、ユニークな行動がある。
アルダブラ環礁には約15万2,000頭のアルダブラゾウガメ(世界最大のリクガメ個体群)が暮らしている。アルダブラクイナは、このゾウガメの後ろをちょこちょこついて歩く。
目的は、ゾウガメが歩いて掘り返した土から出てくる虫を食べること。巨大な体の後ろをちょこちょこ歩く小さな家来のような姿は、なんとも微笑ましい。
クレオール語での名前は「チョミチョ」(Tyomityo)。響きも可愛い。
なぜクイナは飛ぶのをやめやすいのか
クイナ科(Rallidae)は、鳥類の中で最も飛翔能力を失いやすいグループだ。約134種のうち32種(約24%)が飛べない。4種に1種が飛べないのだ。
理由はいくつかある。
- もともと長脚・短翼の地上性傾向がある
- 飛翔筋は体重の最大25%を占める大きなコスト
- ヒナが孵化直後から走れるため、翼の発達が後回しになりやすい
- 飛べるうちは島に到達できる。着いた後は飛ぶ必要がなくなる
太平洋全体では、化石・亜化石の記録から推定1,500種以上の飛べない島のクイナがいたとされる。そしてそのほぼ全種が、人間の到来後に絶滅した。
アルダブラクイナは、西インド洋で唯一生き残った飛べないクイナだ。
究極の”入りにくい島”
アルダブラクイナが生き残れた最大の理由は、島が人間にとって不便すぎたからだ。
アルダブラ環礁はセーシェル共和国に属し、アフリカ東岸から約1,300km。空港も港も宿泊施設もない。研究者でさえ許可制で、入島料は1日250ドル。
1982年にユネスコ世界自然遺産に登録され、現在は厳重に保護されている。約1万つがいのアルダブラクイナが、15万頭のゾウガメと共に、人間にほとんど邪魔されずに暮らしている。
まとめ:進化は同じ答えを2回出す
島が沈んで絶滅し、島が浮上してまた移住し、また飛ぶのをやめた。
13万6,000年の時を挟んで、進化はまったく同じ答えを2回出した。天敵がいなければ、飛ぶコストは無駄。だからやめる。シンプルで、残酷なほど合理的だ。
アルダブラクイナは、進化が「気まぐれ」ではなく「必然」であることを教えてくれる。同じ条件なら、同じ結果になる。
そしてその「必然」が成立する場所は、空港もホテルもない環礁の上にしかない。


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