インドネシアのスラウェシ島に、自分の牙が頭に刺さって死ぬ動物がいる。
しかもその牙は、戦いには使わない。
バビルサ。進化のバグとしか思えない、地球で最も矛盾した顔を持つ生き物だ。
牙が皮膚を突き破って上に伸びる
バビルサの上顎の犬歯は、普通の動物とはまったく違う方向に成長する。下ではなく上に。しかも口の中からではなく、鼻の上の皮膚を突き破って顔面から生えてくる。
最大43cm。弧を描きながら伸び続け、最終的に額の方向へ曲がっていく。
そして——伸びすぎると、自分の頭蓋骨に刺さる。
「都市伝説だろう」と思うかもしれない。だがスウェーデンのヨーテボリ自然史博物館には、右の上牙が頭蓋骨に刺さったまま死んだオスの標本が実際に保管されている。進化のバグは、実証済みだ。

名前は「豚鹿」。牙が角に見えた
「バビルサ」はマレー語でbabi(豚)+ rusa(鹿)。上に伸びる牙が鹿の角に見えたことから名付けられた。
実際、顔だけ見ると確かに角のある豚に見える。だが角と違って牙は一生伸び続ける。鹿の角は生え変わるが、バビルサの牙は止まらない。死ぬまで伸びる。
牙は戦いに使わない。ボクシングで殴る
これだけ立派な牙があるなら、さぞ武器として活躍するだろう——と思いきや、まったく使わない。
バビルサのオス同士の争いは、牙ではなく後ろ足で立ち上がって前足で殴り合う「ボクシングスタイル」だ。
43cmの牙を持ちながら、喧嘩は素手。じゃあ牙は何のためにあるのか?
現在の有力説はメスへのアピール。大きな牙=強いオスの証明として、性的シグナルの役割を果たしているらしい。命がけで伸ばした牙の用途が「モテるため」。進化のコスパが悪すぎる。
3万5,000年前の壁画に描かれていた
スラウェシ島の洞窟で発見されたバビルサの壁画は、少なくとも35,400年前のもの。世界最古級の動物壁画のひとつだ。
3万5,000年前の人類も、この異様な顔に驚いて絵に残したのだろう。気持ちはよくわかる。
豚なのに、胃袋が羊
バビルサの消化器系も常識外れだ。ブタ科なのに2つの部屋を持つ胃を備えている。これはブタよりも羊に近い構造で、ブタ科では唯一の特徴だ。
体重は最大100kg。スラウェシ島の熱帯雨林で果実を主食に、2,600万年前から独自の進化を続けてきた。
現在の野生個体数は推定約4,000〜10,000頭。IUCNレッドリストでは「危急種(Vulnerable)」に分類されている。
まとめ:自分の牙に殺される、進化の矛盾
牙は頭に刺さる。でも戦いには使わない。喧嘩はボクシング。牙の目的はモテるため。胃袋は羊。
バビルサは、進化の合理性と不条理が同居する生き物だ。3万5,000年前から人間を困惑させ続けている、地球で最も矛盾した顔の持ち主。


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