6万羽いた鳥が、21羽になった。
原因は、貨物船に紛れ込んだ1匹のヘビだった。
1ヘクタールに100匹のヘビ
第二次世界大戦後のある日、米軍の貨物船がグアム島に到着した。荷物の中に、パプアニューギニア原産のブラウンツリースネークが潜んでいた。
天敵のいないグアムで、このヘビは爆発的に増殖した。最盛期には1ヘクタールあたり100匹超。島全体で推定200万匹。世界最高密度のヘビが、島を覆い尽くした。
グアムの在来森林鳥22種のうち、13種が壊滅。5種は地球上から完全に消えた。
グアムクイナ(チャモロ語で「コッコー」)も、その犠牲者の一種だった。

6万羽から21羽へ
1960年代、グアムクイナの推定個体数は6〜8万羽。島のどこでも見られるありふれた鳥だった。
それが1970年代から急激に減り始める。南部から姿を消し、北部に追いやられ、1983年には100羽以下に。
1987年、動物学者ボブ・ベックが残りの個体を必死でかき集めた。捕獲できたのはわずか21羽と数個の卵。これが、地球上に残ったグアムクイナのすべてだった。
8万羽が30年で21羽に。崖から転げ落ちるような絶滅スピードだ。
21羽からの逆転劇
21羽はアメリカ本土の動物園に分散された。ブロンクス動物園、フィラデルフィア動物園、スミソニアン国立動物園。やがて17施設に拡大。
ここでグアムクイナの驚異的な繁殖力が真価を発揮した。
1年に最大10回も巣を作り直す。抱卵期間はたった19日。ヒナは生後24時間で歩き始め、7週間で大人と同じ体重になり、4ヶ月で繁殖可能。
このスピード繁殖のおかげで、飼育下の個体数は急速に回復。1994年には200羽を突破した。
“野生絶滅”から格下げされた鳥
2010年、ブラウンツリースネークがいないグアム沖のココス島(わずか38ヘクタール)に16羽が放たれた。子どもたちが鳥を両手に持ち、空に放つ——感動的な放鳥式だった。
さらにロタ島でも個体群が定着し、野生の個体数は約220羽に。
そして2019年、歴史的な瞬間が訪れた。IUCNレッドリストで、グアムクイナのステータスが「野生絶滅(EW)」から「絶滅危惧IA類(CR)」に格下げされた。
「格下げ」と聞くとネガティブだが、これは「いい方向への格下げ」だ。「野生に1羽もいない」状態から、「野生にいる」状態に戻ったことを意味する。鳥類でこれを達成したのは、カリフォルニアコンドルに次いで史上2例目。
鳥が消えた森はどうなったか
グアムクイナが消えた影響は、鳥だけにとどまらなかった。
鳥がいなくなったグアムの森では、種子の散布が止まった。通常、鳥が果実を食べて種を運ぶ。だが鳥がいなくなった結果、木の種の95%が親木の真下に落ちるだけになった(隣の島では40%以下)。
新しい場所で芽を出せない。森の更新が止まる。鳥が消えたことで、森そのものが死に始めている。
ある研究者はこう言った。「グアムの森は不気味なほど静かだ。隣の島では鳥のさえずりが響くのに、グアムには鳥の声がない」。
コッコーとトカゲの舌
グアムの先住民チャモロ族には、こんな伝説がある。
コッコー(グアムクイナ)とヒリタイ(オオトカゲ)が、お互いの体を美しく塗り合う約束をした。コッコーが先にトカゲの鱗を丁寧に塗ってあげた。ところがトカゲは自分の番が来ると、途中で逃げ出した。
怒ったコッコーは、トカゲの舌をくちばしで二つに割いた。
「だからトカゲの舌は二股なのだ」——。
チャモロ文化の中で、コッコーは約束を守る正直者として語り継がれてきた。その鳥が島から消えかけたことは、グアムの人々にとって単なる生態系の問題ではなかった。
まとめ:21羽から始まった復活劇
貨物船に潜んだ1匹のヘビが、6万羽の鳥を21羽に減らした。その21羽を動物園で必死に増やし、ヘビのいない島に放ち、「野生絶滅」の烙印を返上した。
グアムクイナは、人間が壊したものを人間が直そうとしている、その最前線にいる鳥だ。
ただし、グアム本島への帰還には200万匹のヘビをどうにかしなければならない。それは、まだ誰にも解けていない問題だ。


コメント