1898年、ニュージーランドの鳥類学者たちは静かに宣言した。
「タカヘは、絶滅した」。
それからちょうど50年後——。山奥の砂浜に残された一つの足跡から、この鳥は二度目の墓場から這い上がってくる。化石として名付けられ、絶滅宣言を二度受け、それでもまだ生きている。タカヘは「飛べない」かわりに、「死なない」を選んだような鳥なのだ。
化石として発見された鳥
タカヘの数奇な人生は、いきなり「死後」から始まる。
1847年、ニュージーランドで見つかった一塊の骨に学名がついた。学者はこう判断した——「これはすでに絶滅した古代の鳥だ」。つまりタカヘは、生きている姿が確認される前に、まず化石として人類デビューを果たした。順番が完全に逆である。
ところが1850年、まさかの展開が起きる。化石だと思われていたその鳥が、フィヨルドの草地をふつうに歩いていた。骨だと思っていたものが目の前を散歩している。学者たちはさぞ二度見したことだろう。
しかし喜びは長く続かなかった。その後の50年で捕獲されたタカヘは、わずか4羽。そして1898年、最後に記録された1羽が、人間の連れていた犬に殺された。
「今度こそ、本当に終わった」。これがタカヘにとって、2度目の死亡宣告である。化石として一度、犬の事件で一度。生きている姿を見た人は、もう誰もいなくなった。

消えた兄、モホ
ここで悲しい事実を一つ。じつはタカヘには「兄」がいた。
かつてニュージーランドの北島にも、よく似た飛べない鳥がいた。マオリの人々が「モホ」と呼んだ、ノースアイランド・タカヘ(学名 Porphyrio mantelli)である。今いるタカヘ(サウスアイランド・タカヘ)よりも背が高く、脚がすらりと長かったと骨から推定されている。
2024年の遺伝子解析では、南北のタカヘはおよそ400万〜150万年前に枝分かれした「いちばん近い親戚同士」だったと判明している。ところがこの兄・モホは、マオリがニュージーランドに定住した1320年ごろより後に、ひっそりと絶滅してしまった。今では数本の骨と、1個の標本らしきものが残るだけだ。
つまりタカヘ族は、すでに片方を失っている。南島のタカヘは、一族の最後の生き残りなのである。だからこそ、その後の物語の重みが増す。
なぜ「飛ぶこと」をやめたのか
そもそもタカヘは、なぜ飛べないのか。答えは「飛ぶ必要がなかったから」だ。
タカヘの先祖は、はるか昔にオーストラリア方面から飛んできた、空を飛べるクイナの仲間だった。ところがたどり着いたニュージーランドは、地上にネズミやイタチのような哺乳類の天敵が一切いない楽園だった。逃げる相手がいない。
飛ぶというのは、じつは恐ろしく燃費の悪い能力だ。胸の大きな筋肉を維持するだけで膨大なカロリーを食う。天敵がいないなら、その重い飛行装備は無駄なコストでしかない。そこでタカヘの先祖は、数百万年かけて飛行能力を捨て、そのぶん大きく重く、地上で草を食う暮らしへとシフトしていった。
面白いのは、これがタカヘだけの話ではないこと。クイナの仲間は、捕食者のいない島に流れ着くと、何度でも「飛ぶのをやめて大型化する」という同じ進化をたどる。かつてモーリシャス島やロード・ハウ島にも、タカヘそっくりの飛べない鳥がいた。島という環境は、鳥に「もう飛ばなくていいよ」とささやき続けるらしい。
だが、この「楽園仕様の進化」が、後にタカヘの首を絞めることになる。人間が船でネズミ・イタチ・シカを持ち込んだ瞬間、「逃げなくていい体」は「逃げられない体」へと意味が反転してしまったのだ。
パイプの傷で足跡を測った男
50年間、誰もタカヘを見なかった。教科書には「絶滅」と書かれ、それで話は終わるはずだった。
ところが、その3文字に引っかかった男がいた。ジェフリー・オーベルという、インバーカーギルの町医者である。
少年時代にタカヘの話を聞いた彼は、ある一語が忘れられなかった。「supposed to be extinct」——「絶滅したとされている」。
「“とされている”ってことは、確定じゃないんじゃないか?」
この素朴な疑問を、彼は数十年も心の奥に飼い続けた。そして1948年のイースター、フィヨルドランドの山奥へ狩りに入ったオーベルたちは、湖畔の砂浜で見慣れない大きな足跡を見つける。さらに、正体不明の奇妙な鳴き声まで聞いた。
サイズを測りたい。だが山の中、メジャーなどない。そこでオーベルは咄嗟に、いつもくわえているパイプの柄に、爪で傷をつけて足跡の長さを刻んだ。後で物差しと照らし合わせるためだ。町に戻って専門家に見せると、返ってきた言葉は冷たかった。「それ、アオサギの足跡でしょう」。
誰も信じなかった。それでもオーベルの執念は折れなかった。
50年ぶりの再発見
1948年11月20日。オーベルは仲間3人を連れて、再びフィヨルドランドのマーチソン山地へ分け入った。狙うのは、地図にない秘密の谷。
そして谷に到着してわずか数分後——草むらの向こうに、それはいた。
タカヘだ。50年間、地上から消えていたはずの鳥が、ふつうにそこで草を食べていた。
体長およそ50cm、体重3kg超。頭から腹は吸い込まれそうな濃い紺色、翼は孔雀を思わせるピーコックブルーに輝く。そして顔のど真ん中には、真っ赤な巨大クチバシと、額を覆う赤い盾板(じゅんばん)。「顔に赤信号がついている」としか言いようのない、強烈な面構えだ。
オーベルたちは、つがいのタカヘを捕まえ、写真に収めた。その湖はのちに「オーベル湖」と名づけられる。「絶滅したとされる鳥」が、半世紀ぶりに生きて戻ってきた——このニュースはロンドンやニューヨークの新聞を駆け巡り、世界を沸かせた。たった3文字に30年こだわった町医者の勝利だった。

1日19時間、ひたすら草を食べる贅沢者
こうして再発見されたタカヘ、その暮らしぶりがまた変わっている。
タカヘは現生のクイナ科で世界最大。ニワトリほどのサイズだが、あの巨大な赤いクチバシには、ちゃんと使い道がある。
主食は山地に生えるタソックという硬いイネ科の草。その食べ方が、なんとも上品だ。茎を根元からむしり取り、片足でぎゅっと押さえ、外側の硬い繊維を剥ぎ取って、内側のいちばん柔らかい部分だけを食べる。残りはポイ。寿司屋でネタだけ食べてシャリを残す、あの贅沢な食べ方そのものである。
ただし、このやり方には代償がある。柔らかい部分は栄養効率がとても低い。だからタカヘは、栄養を満たすために1日に最大19時間も食べ続けなければならない。起きている時間のほぼすべてが食事。食べるか寝るかしかない、シンプル極まる鳥生だ。あの長い人生も、半分以上は草を噛んで終わっていく。
そっくりさん「プケコ」という勝ち組
ニュージーランドには、タカヘにそっくりな鳥がもう一種いる。プケコだ。同じく青紫の体に赤いクチバシ。パッと見では見分けがつかない。だが、その「中身」はまったく違う。
| タカヘ | プケコ | |
|---|---|---|
| 個体数 | 約500羽 | 60万羽以上 |
| 飛行 | できない | できる |
| 体重 | 2.3〜3.8kg | 約1kg |
| NZ滞在歴 | 約100万年以上 | 約1,000年 |
見た目は瓜二つ。でもプケコは60万羽、タカヘは約500羽。プケコは飛べてどこにでもいるが、タカヘは飛べず、絶滅の崖っぷちにいる。
しかも皮肉なのは滞在歴だ。はるか昔からニュージーランドに根を張る「先住民」タカヘが絶滅危惧種で、わずか1,000年前にやってきた「新参者」プケコが大繁殖している。先に来て真面目に進化した者が滅びかけ、後から飛んできた身軽な者が天下を取る。生き物の世界の残酷な縮図だ。
そっくりすぎて、撃たれた
この「そっくり問題」は、笑い話では済まない悲劇を生んだ。
2015年、害鳥とされるプケコの駆除作業中に、作業員がタカヘを4羽、誤って射殺してしまったのだ。
「飛んでいる鳥(=プケコ)だけ撃て」という指示は出ていた。だが守られなかった。飛べないタカヘが地上にいるところを、プケコと見間違えて撃ったのである。
失われた4羽は、その島の群れ(21羽)の約19%、当時の総個体数(約300羽)の1%以上にあたる。たった4羽、されど4羽。数百羽しかいない鳥にとって、一発の銃声は種の未来を削る重さを持っていた。「そっくりさんがいる」というだけのことが、これほど命に直結することもある。
イタチ大量発生と、終わらない危機
誤射だけがタカヘの敵ではない。再発見後も、この鳥はずっと崖っぷちを歩き続けてきた。
1948年に200〜400羽いたとされる山地の個体群は、1980年代初頭には90〜100羽前後まで激減した。原因は、移入されたイタチ(ストート)による捕食と、人間が持ち込んだアカシカとの食料競争のダブルパンチだった。シカはタカヘの主食タソックを食い荒らし、この草は一度やられると回復が遅い。タカヘはじわじわと食べ物を奪われていった。
そしてイタチの脅威は、忘れたころに牙をむく。2007年、ブナの大量結実をきっかけにイタチが大発生し、なんと野生のタカヘの40%がこの年だけで食い殺された。せっかく積み上げた数が、一つの当たり年で半分近く吹き飛ぶ。タカヘの保護とは、こういう「天災級のイタチ」と戦い続けることなのだ。再発見はゴールではなく、長い延命戦のスタートにすぎなかった。
靴下人形のお母さん
絶望的な数から増やすため、人間はあらゆる手を尽くした。なかでも飛び抜けてユニークなのが、ヒナの育て方だ。
1985年、テ・アナウ近郊にバーウッド繁殖センターが作られ、人の手でヒナを増やす挑戦が始まった。だがここで困ったことが起きる。ヒナが、餌をくれる人間を「親」だと思い込んでしまう(刷り込み)のだ。人間を親と勘違いした鳥は、大人になってもうまく繁殖できない。
そこでスタッフが編み出した秘策が、タカヘの顔をかたどった靴下人形(ソックスパペット)。これを手にはめ、人形のクチバシでヒナに餌を与えた。人間の手は隠し、見えるのは「タカヘの顔」だけ、という徹底ぶりである。
さらにヒーターランプとスピーカーを仕込んだ金属製のタカヘ型模型を「擬似お母さん」として設置。あたたかくて、タカヘの鳴き声がする金属の塊。それがヒナにとっての“母”だった。なんともシュールな育児風景だが、絶滅を防ぐためなら人間は靴下人形にだってなる。
ただし後年、「人形に育てられたタカヘは繁殖成績がいまいち」と判明し、2011年以降この方法は中止された。さすがの金属ママにも、限界はあったらしい。
100年ぶりに、野生へ帰る
そして近年、タカヘの物語は新しい局面に入った。
現在の保護の主役は、天敵のいない離島や、徹底的に害獣を駆除した本土の谷に、タカヘを移して殖やすプログラムだ。ティリティリ・マタンギ島やカピティ島などに群れを分散させ、「全滅リスクの分散投資」を進めている。
ここで起きる、進化のいたずら。1,000万年かけて飛ぶのをやめた鳥が、いまや飛行機やヘリコプターに乗せられて島へ運ばれているのだ。先祖は重い飛行装備を必死で捨てたのに、子孫は人間に抱えられて空を移動している。タカヘ本人(本鳥)も、さぞ複雑な気分だろう。
そして2018年、ついに歴史的な一歩が踏み出された。タカヘがカフランギ国立公園に放され、その土地で野生のタカヘが姿を消してから、ちょうど100年ぶりの帰還を果たしたのだ。さらに2023年には、マオリのンガーイ・タフ族の土地グリーンストーンに18羽が放たれ、新たな野生群れが誕生。タカヘは「保護施設で守られる鳥」から、「自分の脚でもう一度、野生を歩く鳥」へと戻りつつある。
まとめ:2回死んで、まだ歩いている
化石としての登場。50年間の失踪。最少およそ100羽。イタチによる40%の壊滅。プケコと間違われての誤射。——タカヘの歴史は、ほとんど「死に方のバリエーション集」だ。
それでも、この鳥はまだ歩いている。タカヘは2024年時点で約500羽超まで回復し、近年は年およそ10%という力強いペースで増え続けている。絶滅の危険度ランクも、最悪の「危機的」から一段マシな「危急」へと格上げされた。少しずつ、確実に、墓場から遠ざかっている。
思えば、この回復のすべては「supposed to be extinct(絶滅したとされる)」という3文字に引っかかった、一人の町医者から始まった。パイプの柄に爪で傷をつけ、誰にも信じてもらえなくても山に通い続けた男がいなければ、タカヘは本当に、二度目の墓場から出てこられなかったかもしれない。
2回死んでも、まだ生きている。タカヘは、飛ぶことこそできないけれど——その代わり、世界でいちばん「しぶとい」鳥なのかもしれない。


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