ニュージーランドの山小屋に泊まったことがある人なら、こんな警告を見たことがあるかもしれません。
「荷物をテントの外に放置しないでください。ウェカに盗まれます」
ウェカ。ニュージーランドに生息する、ニワトリくらいの大きさの飛べない鳥です。
見た目は地味な茶色い鳥。凶暴でもない。毒もない。
でもこの鳥、とんでもない癖がある。
盗む。なんでも盗む。
財布、スマホ、靴、結婚指輪、ソーセージ1袋まるごと。
テントに侵入して寝袋を引きずり出したりもする。
今日は、ニュージーランドが誇る常習窃盗犯の話です。
盗むものリストが異常——ウェカ犯罪ファイル
キャンプ場での被害報告
ニュージーランド自然保護省(DOC)のレンジャーが記録した、ウェカによる窃盗品リスト。
ソーセージ1キロを1袋丸ごと。チーズのブロック。財布。携帯電話。
カトラリー一式。石鹸。大量の歯ブラシ。
ヒーフィートラック(人気のハイキングコース)では、昼食中のハイカーが目を離した隙に枕、Tシャツ、キャミソール、ポッサムファーの靴下を盗まれた。
エイベルタスマン国立公園では、訪問者が結婚指輪をウェカに盗まれ、茂みの中から必死に探して回収した記録がある。
テントポール、フリスビー、サンドイッチ(包装ごと)、車の鍵。
光るもの、動くもの、食べられそうなもの——基本的になんでも持っていく。
自然保護省の公式アドバイスが面白い
DOCが公式に出しているアドバイスはこうです。
「盗まれたら追いかけないでください。ウェカが走り去った方向を覚えておいて、後から回収してください」
つまり、盗まれることは前提。
対策は「追跡と回収」。もはや犯罪捜査のマニュアルです。
なぜ盗むのか——好奇心が暴走した鳥
人間をまったく恐れない
ウェカの窃盗癖の根底にあるのは、異常な好奇心と大胆さです。
人間をまったく恐れない。むしろ近づいてくる。
キャンプサイトをうろうろして、食べ物をねだる。
そして目を離した瞬間に、持ち物をくわえて走り去る。
飛べないので空からの奇襲はない。
でも時速12キロで走れるので、地上戦では意外と追いつけない。

19世紀の探検家も絶賛した大胆さ
19世紀のニュージーランド探検家チャーリー・ダグラスは、ウェカについてこう書いています。
「国鳥にすべきだ。理由は個人的な勇気、知識への飽くなき渇望、子への愛情と防衛、そして本能を超えた知性」
窃盗犯を国鳥に推薦するほど、よほど感銘を受けたのでしょう。
保護したいのか駆除したいのか——矛盾だらけのポジション
場所によって「絶滅危惧」と「害鳥」を同時にやっている
ウェカの立場は複雑です。
ウェカは4つの亜種に分かれていて、亜種によって状況がまったく違う。
西部ウェカは「脅威なし」で安定。
スチュアート島ウェカは「国レベルで危急」で8000羽未満。
北島ウェカは「リスクあり」。
一方で、ウェカは雑食性が強く、他の絶滅危惧種の卵やヒナを食べてしまう。
キーウィの卵もカカポの卵も食べる。
つまりウェカ自身は保護が必要なのに、他の保護対象種を脅かす側でもある。
保護したいけど、放置すると他の絶滅危惧種が危ない。
ニュージーランドの自然保護担当者にとって、頭の痛い存在です。
保護用の島から強制退去させられた過去
1980年代、コッドフィッシュ島(カカポの保護区として有名)では、ウェカがミズナギドリなど海鳥の卵を大量に食べていることが判明。
結果、島にいた数千羽のウェカが隣のスチュアート島に強制移住させられました。
保護鳥なのに、他の保護鳥を守るために追い出される。
ウェカの人生、なかなかハードです。
マオリ族にとっての「大切な鳥」
肉も油も羽毛も、すべて利用してきた
マオリ族にとってウェカは重要な資源でした。
肉は食用、油は薬用、羽毛は衣類に、骨は道具に。丸ごと活用していた。
捕獲方法も独特で、亜麻の葉をこすってウェカの鳴き声を模倣し、
好奇心旺盛なウェカをおびき寄せて罠にかけていた。
ウェカの好奇心の強さを逆手に取った、見事な狩猟法です。
1000年前から「この鳥は好奇心で釣れる」とわかっていた。
ウェカの気質を部族の誇りとしたイウィもある
一部のマオリの部族(イウィ)は、ウェカの大胆さと好奇心を部族の気質として尊重していました。
臆せず前に進む、知らないものにも恐れず近づく——それがウェカの精神であり、自分たちの精神でもあると。
窃盗犯が精神的シンボルになるのも、ニュージーランドならではです。
子育ては意外とまとも——飛べない鳥界の良識派
窃盗犯のくせに、子育てはわりとちゃんとしています。
ウェカは一夫一婦制で、多くのペアが生涯同じパートナーと過ごす。
卵は1〜3個(最大6個)、ピンクがかった色。
メスが昼に抱卵し、オスが夜に抱卵する交代制。約1ヶ月で孵化。
ヒナは早成性で、孵化後すぐに歩き回れる。
6〜10週で独立。環境が良ければ年間最大4回も繁殖できる。
エミューやキーウィのような「オスに丸投げ」パターンではなく、
ちゃんと夫婦で協力する。飛べない鳥界では珍しい良識派です。
まとめ——盗む、食べる、追い出される。それでも愛される鳥
キャンプ客の持ち物を盗み、絶滅危惧種の卵を食べ、保護区から追い出される。
経歴だけ見るとただの問題児です。
でも人間を恐れないその大胆さ、なんでも気になるその好奇心。
マオリ族が「うちの部族の精神だ」と誇りにするほどの、強烈な個性。
盗まれたら怒るより先に、ちょっと感心してしまう。
そんな鳥がウェカです。
飛べない鳥シリーズ、まだまだ続きます。


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