ステフェンイワサザイ|発見と絶滅がほぼ同時。灯台守の飼い猫が消した10cmの飛べない鳥

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1894年、ニュージーランドの小さな島で、ある鳥が新種として発見された。

そして、ほぼ同時に絶滅した。

発見から消滅まで、わずか数年。学者が「これは新種だ」と興奮しているあいだに、その鳥は地球から消えていた。そして長いあいだ、この悲劇にはたった1匹の猫の名前がついて回ってきた——ティブルズ。

だが、本当に1匹の猫が、1つの種を絶滅させたのか。今日はその「最速の絶滅」の真相を、史実までさかのぼって解きほぐしていく。哀しくて、少しだけ薄ら寒い話だ。

飛べない鳴き鳥という、ありえない奇跡

まず、この鳥がどれだけ「ありえない存在」だったかを押さえておきたい。

ステフェンイワサザイ(英名 Stephens Island wren / 学名 Traversia lyalli)は、体長わずか約10cm、体重わずか30g前後。手のひらに乗る、オリーブ褐色の小さな鳥だ。背中は地味な保護色、目の上には細い黄白色の眉斑が一本。どこにでもいそうな見た目をしている。

だが、翼を見た瞬間に専門家は凍りつく。翼が異常に小さく、丸まっていて、明らかに飛べない構造だったのだ。胸骨の竜骨突起(飛翔筋がつく出っ張り)まで退化していた。つまり、空を飛ぶ気がもうゼロだった。

ステフェンイワサザイの写真
出典: Wikimedia Commons

ここで「飛べない鳥なんてダチョウもペンギンもいるじゃん」と思った人。鋭い。でもこの鳥のヤバさは、「飛べないスズメの仲間」だったことにある。

スズメ目6,500種の中で、たった1種だけ

鳥類最大のグループが「スズメ目(パッセリン)」だ。全鳥類の約60%、6,500種以上がここに属する。スズメ、カラス、ウグイス、ツバメ、メジロ——あなたが今日見かけた小鳥は、ほぼ全部スズメ目だと思っていい。

そしてスズメ目とは、要するに「飛んで枝から枝へ移動するために最適化された一族」だ。さえずり、軽い体、器用な飛行。それがスズメ目の生き方そのものである。

ところがステフェンイワサザイは、そのスズメ目でありながら飛ぶことを完全に捨てた、現生史上ほぼ唯一の存在だった。一族のアイデンティティを真っ向から裏切ったレアキャラ。空を飛ぶのが大前提の血筋に生まれて、地面を走ることを選んだ変わり者だ。

実際この鳥は、夜にこそ活発に動くほぼ夜行性で、灯台守は「ネズミみたいに岩のあいだを走り回り、素早すぎて棒や石で叩こうとしても近づけない」と書き残している。鳴き鳥のくせに、もはや小型哺乳類のような暮らしぶりだった。落ち葉の下の小さな虫を食べ、夜の岩場をちょこまかと駆ける。空を見上げる必要のない人生。

もともと「島の鳥」ではなかった

意外なことに、この鳥は最初からあの孤島の固有種だったわけではない。

洞窟や、ワライフクロウ(同じく絶滅)が吐き戻したペリットの中から見つかる亜化石(サブフォッシル)の骨から、ステフェンイワサザイはかつてニュージーランド本島の南北両島に広く分布していたことがわかっている。つまり昔は、そこら中にいた普通の鳥だったのだ。

では、なぜ本島から消えたのか。犯人は、人間が持ち込んだ最初の侵略者——ナンヨウネズミ(キオレ)だ。数百年前、海を渡ってきたマオリの人々が、意図せずこのネズミを連れてきた。地面で暮らし、地面に巣を作る飛べない小鳥にとって、夜の地面を這い回るネズミは天敵そのものだった。

こうして本島の個体群は静かに消え、ネズミがたどり着けなかったクック海峡のスティーブンズ島ただ1つに、最後の生き残りが取り残された。逃げ込んだ最後の砦。だが、その砦に灯台が建つことになる。

灯台守デイヴィッド・ライアルと、猫のティブルズ

スティーブンズ島(マオリ名タカプーレワ)。ニュージーランド南島の北端、荒れるクック海峡に浮かぶ、面積わずか1.5km²の断崖の島だ。本島とはわずか3.2kmしか離れていないが、氷期に海面が下がっていた時代には陸続きだった——だからこそ、ここに鳥が取り残された。

1894年、この島に灯台が建設される。赴任した助手灯台守デイヴィッド・ライアルは、アマチュアの自然史家でもあった。鳥や生き物に目の利く男だ。そして彼は、絶海の孤島での相棒として、1匹の猫を連れてきた——あるいは、上陸の混乱のなかで島に放たれた猫がいた。後に「ティブルズ」の名で世界中に知られることになる猫である。

記録によれば、その猫は妊娠していたとみられる。孤独を紛らわすためのささやかなペット。あるいは、ネズミ除けのつもりの実用的な猫。どちらにせよ、それが史上最速級の絶滅の引き金になるとは、誰も思っていなかった。

猫が運んできた“お土産”

1894年の冬ごろから、猫はライアルのもとへ小鳥の死骸をくわえて持ち帰るようになった。猫が獲物を飼い主のもとへ運ぶ、あの習性だ。本人にとっては「ご主人へのプレゼント」である。

ライアルは自然史家の目で、その死骸を見て息をのんだ。見たことのない鳥だった。翼が小さく、飛べない構造をしている。彼は猫が持ち帰った個体から自分で剥製を作り、ウェリントンの著名な鳥類学者ウォルター・バーラー博士らへ送った。

「これは新種だ」——標本を見た学者たちは色めき立った。世界でただ1つの島にしかいない、現代では他に例のない飛べないスズメ目。鳥類学史に残る大発見だった。

命名と絶滅が、ほぼ同時に起きた

ここからの展開が、残酷なほど早い。

標本は商人の手に渡り、イギリスの大富豪コレクターウォルター・ロスチャイルドのもとへ。彼は1894年12月29日、英国鳥類学者クラブで学名「Traversia lyalli」を発表した。属名は多くの標本を仲介した博物学者トラヴァースに、種小名は灯台守ライアルにちなむ。一方バーラーも翌1895年4月、別名「Xenicus insularis」として記載したが、わずかな差でロスチャイルドの名が優先された。

つまり——ロスチャイルドがロンドンの学会で華々しく命名式を行っていた、まさにそのころ。

スティーブンズ島では、この鳥はもう、ほとんど死に絶えていた。

1895年3月16日、クライストチャーチの新聞『The Press』はこう報じている。「この鳥はもはや島で見つけることはできないと信じるべき十分な理由がある」。学名が世界に知られた瞬間、名付けられた当人はもうこの世にほとんど残っていなかった。

発見と絶滅が、ほぼ同時。命名と消滅が、ほぼ同時。これほど短い「種としての公的な生涯」を持つ動物は、ほとんどいない。

「猫1匹で絶滅させた」は本当か?

さて、ここがこの記事の核心だ。

「灯台守の飼い猫ティブルズが、たった1匹でステフェンイワサザイを絶滅させた」。この逸話は世界中で語り継がれ、教科書にも載り、「1匹の動物が1つの種を滅ぼした唯一の例」として有名になった。ドラマチックで、忘れられない話だ。

だが——厳密には、史実とは違う

「単独犯」説はどこから来たのか

この「猫1匹」説の出どころは、大富豪ロスチャイルド本人だ。彼は1905年の著作の中で「1匹の猫がすべての鳥を殺した」と書いた。標本コレクターである彼にとって、劇的な物語は標本の価値を高める。だが、これはあくまで遠いロンドンからの伝聞であり、現場の記録とは食い違っていた。

後年、研究者ガルブレイスとブラウン(2004年)らが当時の灯台日誌や書簡を丹念に検証し、本当の経緯を明らかにした。それによると——

  • 島に上陸した猫はおそらく妊娠していた。子猫が生まれ、それが野生化していった。
  • 1895年初頭の時点で、ライアル自身が「猫たち(複数形)が野生化し、あらゆる鳥に悲惨な被害をもたらしている」と書いている。発見からわずか半年あまりで、すでに「猫」ではなく「猫の群れ」が問題だった。
  • 1897年、新しい灯台守は「野生化した大量の猫」を駆除するための弾薬を要請。
  • 1899年には、100頭以上の野良猫が射殺された。島はもはや「猫地獄」になっていた。

つまり、トドメを刺したのはティブルズ1匹ではない。ティブルズ(あるいは複数の猫)から増えた、野良猫の大群だ。10cmの飛べない夜行性の小鳥が、本島から逃げ込んだ最後の砦で、増殖する猫の集団に四方から狩られて消えた。それが真相に近い。

ただし——誤解しないでほしいのだが、これで教訓が薄まるわけではない。むしろ逆だ。「1匹の猫」が「1匹の妊娠した猫」だったという事実は、たった1つの個体を持ち込むだけで、島の生態系は数年で崩壊しうることを意味する。単独犯ではなかった。だが、すべての始まりが1匹の猫であったことに、変わりはないのだ。

犯人が、唯一の標本供給者でもあるという皮肉

現在、世界の博物館に残るステフェンイワサザイの剥製標本は、わずか16〜18体。大英自然史博物館、アメリカ自然史博物館、ハーバード大学比較動物学博物館などに、ばらばらに分散している。

そして、そのほとんどすべてが、猫が狩った個体だ。灯台守ライアル自身が生きたステフェンイワサザイを目撃したのは、生涯でたった数回。彼が見た「動く本物」は、ほぼ夜の岩場を走り去る影だけだった。我々が今ガラスケースの向こうに見ている剥製は、加害者である猫が、被害者を「証拠」として残してくれたもの——そう言ってもいい。この種を絶滅させた張本人が、この種を後世に伝える唯一の供給者だった。なんとも後味の悪い皮肉である。

しかも標本の価値が上がると、人間たちはそれを奪い合った。発見に関わったバーラー博士と、命名権を横取りした形のロスチャイルドは、その後長年にわたって不毛な優先権争いを続けた。どちらが正当な命名者か、学術的栄誉はどちらのものか——。1907年、ロスチャイルドは著書の中で(前年に亡くなった)バーラーへ辛辣な攻撃を書き連ねたという。2人の学者が権利を争っているあいだに、当の鳥は完全に消えていた。人間の見栄もまた、この物語の登場人物だ。

島の固有種が教えてくれること

ステフェンイワサザイは、ただ「珍しい鳥が消えた」だけの話ではない。それは島という生態系の、致命的なもろさそのものを教えてくれる。

この鳥が属する「ニュージーランドイワサザイ科(Acanthisittidae)」は、ただのスズメの仲間ではない。スズメ目の進化のごく初期に枝分かれした、地球上で最も古い鳴き鳥の系統のひとつだ。約5,000種いる他のスズメ目のどれとも近縁ではなく、一説にはキーウィよりも古いとすら言われる、ゴンドワナ大陸時代からの生き残り。1000年前には5属7種が存在した、由緒ある一族である。

その7種のうち、すでに5種が絶滅した。残ったのは、ライフルマン(ハシブトイワサザイ)とニュージーランドイワサザイ(ロックレン)のたった2種だけ。そしてその絶滅した5種を滅ぼしたのは、ほぼ例外なく人間が持ち込んだ移入種——ネズミ、そして猫だった。

なぜ島の鳥はこれほど弱いのか。理由はシンプルだ。天敵のいない島で進化した動物は、「逃げる」ことを忘れる。捕食者がいなければ、飛ぶ必要も、警戒する必要もない。だから島の鳥は飛ぶのをやめ、地面で暮らし、人を恐れなくなる。それは数百万年かけて磨かれた、その島だけで通用する完璧な適応だ。

ところが、そこへ猫やネズミが1匹でも持ち込まれた瞬間、その「完璧さ」は致命的な無防備さに裏返る。逃げ方を知らない鳥は、ただ狩られるのを待つだけになる。ステフェンイワサザイが数年で消えたのは、弱かったからではない。あまりに長く、平和な島だったからこそ消えたのだ。

これは過去の話ではない。今この瞬間も、世界中の島で同じことが起きている。船に紛れ込んだ1匹のネズミ、誰かが捨てた1匹の猫。それだけで、何百万年かけて生まれた固有種が消えうる。ステフェンイワサザイは、その最も鮮烈で、最も短い実例なのだ。

島は今、楽園に戻りつつある

ステフェンイワサザイが消えてから30年後の1925年、島から猫が完全に駆除された。あまりにも遅すぎた対応だった。守るべき鳥は、もういなかった。

現在、スティーブンズ島は「タカプーレワ自然保護区」として厳重に守られ、許可なく立ち入ることはできない。猫の消えた島には今、3万頭を超えるトゥアタラ——6,500万年以上ほとんど姿を変えていない「生きた化石」の爬虫類——が静かに暮らし、180万を超える海鳥の巣が崖を埋めている。かつての楽園は、少しずつ本来の姿を取り戻しつつある。

ただし、ステフェンイワサザイだけは、二度と戻らない。飛ぶことを捨て、夜の岩場をネズミのように駆けたあの小さな鳥は、剥製になって世界中の引き出しに眠ったまま、永遠に島へは帰らない。

まとめ:善意が生んだ、最速の絶滅

孤独な灯台守が連れてきた1匹の猫。その猫が小鳥の死骸を「お土産」として運んできたことで、人類は新種を発見した。そして、その猫から増えた群れが、発見されたばかりの種を数年で絶滅させた。

発見と絶滅が、ほぼ同時。命名と消滅が、ほぼ同時。

「猫1匹で絶滅した」という有名な物語は、史実としては少しだけ違っていた。犯人は1匹ではなく、増殖した野良猫の群れだった。だがその起点が、たった1匹の妊娠した猫だったことは変わらない。誰も悪意などなかった。それでも、種はひとつ消えた。

体長10cm、体重30g。飛ぶことを忘れた、地球上で最も小さく、最も短い「公的な生涯」を記録に残した鳴き鳥。ステフェンイワサザイの物語は、人間が「良かれと思って」やったことの取り返しのつかなさを、これ以上ないほど鮮やかに——そして静かに——教えてくれる。

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